今回は、黒人のある男性を主人公として、彼が少年から大人になるまでを描いた映画『ムーンライト』について語りたいと思います。
「アメリカ流れ者」で町山智浩さんが2017年1月に紹介、第89回アカデミー賞受賞作品です。
作品のテーマはネタバレになるので後述しますが、それ以前に、ここまでアメリカの黒人文化を子供のころから描いた作品を見たことがなかったので、その点でも知ることが多い映画でした。
目次
『ムーンライト』のあらすじ・主なキャスト
あらすじ
主人公のシャロンは、「リトル」というあだ名で同級生たちからいじめられていました。
友達はケヴィンという少年のみ、シャロンの母親はドラックの使用者であり、シャロンを放っておくことが多く、シャロンはいつも一人でした。
ある日いじめっ子たちから逃げているところを、ドラックの売人であるフアンに発見されます。そこから彼との交流が始まり、食事をしたり泳ぎをおしえてもらったりと、父と子のような日々が過ぎていきました。
しかし実は彼の売るドラックを、シャロンの母親が買っており、そのせいで母親はまともな子育てをできない状態になっていたのです。
その事実を知ったシャロンはそれでも、様々な壁にぶつかりながら、信頼できる数少ない人々と共に大人へと成長し、自分は何者で、なにを求めている人生なのかを探していきます。
監督・キャスト
バリー・ジェンキンス
〈キャスト〉
大人のシャロン:トレヴァンテ・ローズ
青年期のシャロン:アシュトン・サンダース
子供のシャロン:アレックス・ヒバート
大人のケヴィン:アンドレ・ホランド
フアン:マハーシャラ・アリ
フアン役のマハーシャラ・アリは、現在公開中の映画『グリーンブック』(解説レビュー記事はこちら)や、ハンガーゲームにも出ていた俳優さんです。『ムーンライト』、『グリーンブック』ともに、数々の助演男優賞にノミネートされています。映画ごとに役柄は様々で、多彩な表現力が魅力な方です。
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町山さんの解説。黒人の肌の色をより美しく表現した映像。
この映画は光の表現がとてもリアルで、また黒人たちの肌の色も、青みがかって輝いています。
町山さんによりますと、カラーリストという専門家がいて、この映画の映像はそうした人々の力を結集し、撮影後にデジタルで加工されているそうなんです。
具体的には、光の部分の色を抜く(フィルムを透明にする)ことで、プロジェクターの光が直接観客に反射するようにしたり、黒人の肌の色をより美しく表現するために、青い色を足したりといったようなことだそうです。
確かに、息をのむ鮮やかな映像がずっと続いている映画です。加工であると聞くと、実際の映像との違いも気になってくるところではありますね。
※アナログフィルムを再現した映像についてはこちらでも触れていますので、合わせてご覧ください。
以下ネタバレを含みますのでご注意を!
『ムーンライト』シャロンとフアンの心の交流
フアンは、シャロンを自分の息子のように気にかけ、口下手なシャロンに辛抱強く声をかけてくれます。徐々にシャロンも心を開きはじめ、フアンの言葉に耳を傾けるようになります。
フアンは昔、月明かりに照らされた彼の姿をみた老婆から「ブルー」と呼ばれていたことを語り、自分はどんな色にもなれる、といった意味で「自分の道は自分で決めろ、周りに決して決めさせるな」とシャロンに伝えます。
この言葉が、きっとシャロンを大人になるまで支えたのでしょう。
物語はシャロンの少年期、青年期、成人後をそれぞれ描いた3部作のようになっていますが、シャロンという人物が、自分を見失わずに、静かだけれども力強く人生を歩んでいくストーリーになっています。
冒頭の2人の交流シーンが、短いながらも映画全体に強く印象づいています。
『ムーンライト』は3部作からなるラブストーリーでもある
物語の冒頭は、シャロンが子供の頃の話から始まります。映画は、シャロンの成長3部作でもありますが、同時に恋愛3部作にもなっています。
人生で何度も恋をする人もいれば、たったひとつの恋を心の糧に生きている人もいます。シャロンも、自分の恋愛対象に関して、子供の頃から悩み続けるのですが、好きな人に素直になる勇気を持っている芯のある男性です。
友情なのか、恋愛感情なのか、幼い時にはわからなくても、突然、この人のことが好きだと気がつく時が誰しもありますよね。片思いだと思えば思うほど、相手へ想いを伝えることは難しいことです。
性的マイノリティと呼ばれてしまうような、性へのあり方が他者と異なる場合にはなおさらでしょう。
片思いかどうか以前に、自分を恋愛対象として見てくれるのか、という疑問があります。そうした部類に入るシャロンが、どのように自分の成長と恋愛に対しての折り合いをつけていくのか、そして彼の恋の行く末も見所です。
『ムーンライト』ここまでアメリカの黒人文化や成長をしっかり見たのは初めてだった。
ムーンライトは、ほとんど全てのキャストが黒人です。そうした映画を、私はこれまで観たことがありませんでした。
恐らく探せばいくつか存在するでしょうし、主役が黒人の映画は、ウィル・スミスが主演する『アイ・アム・レジェンド』といった作品など、思いつくものもあります。
しかし、黒人が学校に通って、普段の生活をしたり、食事をしたりする姿、そして子供から大人になるまでをまんべんなく映像化し、彼らの文化を感じられる作品が、ここまで評価されていることは、少し特殊なことかもしれません。
やはり黒人への差別、人種間の根深い対立は未だに世の中そしてハリウッドにも存在します。偏見という意味では私も黒人に対して、少し怖い存在であるというイメージがありました。
しかし、『ムーンライト』の中で表現される黒人の美しい肌の色、彼らの心の交流などが描かれているのを観て、私の中にあった黒人へのイメージが変わったのは確かです。
黒人を、映像を通してではありますがこんなにまじまじと見つめたのは初めてです。差別や偏見は、見た目の違いや、文化の違いなどに、少しの恐怖が混じったものでもあると思います。『ムーンライト』を通して、別の文化や人種の方々を知るきっかけになる、そんな映画であると感じました。
『ムーンライト』自分を偽らない心を持ち続ける難しさ
シャロンは、子供の時から自分と他人の違いに悩むことはあっても、それを隠してはいませんでした。いえ、隠すことはできませんでした。なぜならそれが自分だからです。
少年から大人になるまで、決して自分を主張することはなかったけれど、大人になったシャロンは少しも子供の時から変わっていませんでした。自分を見失わないこと、それがシャロンの心を支えていたのではないかと思います。そして1つの、自分が本当に安らげる場所にたどり着くのです。それもまたゴールではないでしょうし、シャロンの人生はまだまだ続いていきます。
いい時も悪い時もありながら、他人と衝突し、否定され、自分自身も自分を否定しそうになった時でさえ、それを超えて自分であることに素直になれたら、他人との比較の外に存在する『たった1人の私』といつか出会えるのかなと、この映画を通して強く感じました。
『ムーンライト』本当の自分を見つめてみよう、と思える映画
映画は、制作側がどんなメッセージを発信していようと、実際に観た人がどう受け止めるかは自由です。この映画に関して言えば、まずひとつのテーマとして、他人を認めよう、違う人種を認めよう、仲良くやろう、といったシンプルなことを語っている、というのがあるかと思います。
シンプルなことが1番難しく、こんなに文明が進んでも成し得ていない重大な不足であることは、間違いないですね。ですが、他人を認める前にまず自分自身を認めなければ、他人を否定したり貶めたりすることでしか、自分を大事にできないのではないでしょうか。
他人を認められない人ほど、自分を認める理由が見つけられない人なのかもしれません。この映画は、自分が大事にしたいことは何かを知ろうとし、そこから他人を知ろうと思えるきっかけが詰まった作品となっています。自分という人間を見つめなおしたい人に、ぜひおススメです。
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画像出典: IMDb “Moonlight”
HAYA
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