『さようなら、コダクローム』の感想。最後のコダック現像所へ。父と子のロードムービー。

今回は、「アメリカ流れ者」で町山智浩さんが2018年5月1日に紹介されていたNETFLIXオリジナル映画「さようなら、コダクローム」の感想です。
じんわりと余韻の残るいい映画でした。早速ご紹介していきたいと思います!

 

『さようなら、コダクローム』あらすじ・出演者情報

あらすじ

音楽プロデューサーとして働いていたマットは、担当していたバンドを他社に奪われたことで職を失いかけますが、人気バンドとの契約をとってくればクビを免れるということになります。
そんな中、長年疎遠である父親のベンの看護師のゾーイが職場に現れ、余命わずかのベンのために写真フィルムの現像のための旅に同行してほしいと頼まれます。

登場人物

マット・ライダー – ジェイソン・サダイキス
ベン・ライダー – エド・ハリス
ゾーイ – エリザベス・オルセン

町山さんによると、主演のジェイソン・サダイキスは俳優だけでなくコメディアンとしても活躍しているそうです。本作では柔らかい自然な演技が印象的でした。
ダメ親父を演じるエド・ハリスは普段は怖い役ばかりやる俳優さんなんだそうです。笑

≫ 『さようなら、コダクローム』をNETFLIXで見る。

町山さんの解説。コダクロームとは印刷物用の写真フィルム

コダクローム(Wikipedia

コダクロームとは写真用品メーカーのコダックが製造していた写真フィルムです。

町山さんの解説によると、このフィルムの製造は2009年に中止されたとのこと。カンザスにあった唯一の現像所もとうとう2010年に現像を中止するということになり、これまでフィルムを現像していなかった人たちが最後のチャンスだと殺到しました。

本作はまさにその現像中止寸前の年代が舞台となっています。

また、サイモン&ガーファンクルのポール・サイモンの楽曲にも「ぼくのコダクローム」(英語: Kodachrome)という曲があり、コダクロームはロックファンにとっても思い出深いものなんだそうです。まさにこの映画も、写真とロックがキーポイントとなっていきます。

Amazonではコダクローム記念Tシャツが売っていました。

『さようなら、コダクローム』音楽だけが親子の唯一の接点だった

奔放な性格で家庭を省みなかった父親のことを許せていないマットは旅への同行を初めは断りますが、結局人気バンドとの契約交渉のチャンスを得るためしぶしぶ同行することにします。

旅の序盤に主人公のマットが成長期に暮らしていた叔父夫婦の家を訪ね、久しぶりにマットが自分の部屋に入ったシーンが印象に残っています。

音楽レコードがずらりと並んだ部屋でゾーイと音楽の話をしている彼は、自然体でやっと緊張がほぐれたようでした。
音楽プロデューサーという仕事に就くくらい音楽が好きな彼ですが、皮肉なことに、音楽を好きになったのは父からの影響でした。

自分のルーツが嫌いな父親から来ている、ということを再認識したマットは、旅を通じてもう一度自分の人生を見つめ直していきます。

音楽が親子の唯一の接点だなんて、そんな幻想…と思うかもしれませんが、私は結構自分自身に重ね合わせてしまいました。笑

私も音楽が好きでよくライブハウスにも行きますが、そうなったのは親からの影響で、自分の身体の一部みたいになってるものを授かったという恩恵は計り知れません。

私は特に親と疎遠なわけではないですが、こういうところで親との共通項に気づいて、あ、親子なんだということを改めて感じたりする気持ちはわかりますね。

劇中でもBGMにロックミュージックが流れる場面があります。
マットはあまり感情を爆発させたりするキャラクターではないのですが、このロック音楽が非常にドラマチックに彼の感情の機微を表現してくれています。

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『さようなら、コダクローム』余命わずかでも許せない最低な父親・・・

登場人物はみんななかなか個性的で、人間味あふれる人物ばかりです。

中でも主人公マットのキャラクターは本作の魅力だと思います。

仕事に関しては古いやり方をしてしまっているし、バツイチでプライベートでも過去を引きずっていてあんまり人生うまくいっていません。

そんな中、突然父親と再会することになってしまい、いまさら会うこと拒否するほどのことはしませんが、許すこともできないという、なんとも不器用すぎる人物なんです。笑

旅の間もなかなかマットが父に優しくできないのは、家庭を省みなかった父親のことを憎んでいる、というよりは母の苦労への申し訳なさのような気がします。

そして、もうすぐ死ぬということは何の免罪符にもならない、そこでぬけぬけと許すほど甘くないというマットの意思を、行動から見て取れます。

父親のベンはなかなかの厄介者で、妻子を放ったらかしにしていただけでなく、マットの叔母と過去に寝ていたりととにかくめちゃくちゃです。笑

マットはそんなベンを恨むというより呆れているような感じなんですよね。ああまたこの人はこんなことばっかやって…という。

でも、呆れながらもやっぱり父親は父親で、突き放すこともできずにだらだら一緒にいると、だんだんとなんか親子っぽくなってくるんですが、その感じがすごい自然なんです。

そんなマットが、父親に対して少しずつ心をひらき、本当に最後には感動的な結末が待ってるわけなのですが…そこは是非見て確かめてください!笑

『さようなら、コダクローム』滅びゆく写真フィルムと、時代遅れな2人

本作は親子の物語ではありますが、それと並行して衰退していく文化と変わっていく時代というものが大きなテーマとなっています。

2人とも少し時代遅れな存在なのです。

父親ベンは著名な写真家ですが、フィルムで撮る写真の文化が滅びていくと同時に彼も余命がわずかとなり、最前線のアーティストではなくなっていくようでとても切なく感じました。

写真を現像しない時代になり、データでしか残さないとなると、それが未来に残ることはないんじゃないか?という問題についても劇中で触れられています。

そして息子のマットのほうも、ロックバンドは自分たちの表現を最大限に生かすため、じっくりアルバムを作るべきだという考えに固執してしまっているため、業績は伸びず職を失いかけてしまいます。

ストリーミング配信が始まってCDが売れなくなりはじめている現代では丁寧にじっくり作品を作っていては音楽シーンの波についていけず取り残されてしまうようになっています。

古いやり方にこだわる2人を見ていると、質の高いものを後世に残すということが、今の時代ではいかにおざなりにされているかということが見て取れます。

私たちも日々、文化を大量消費しているのだと思い知らされます。

『さようなら、コダクローム』は普通の映画。「いい映画」に必要なのは斬新さや壮大さだけではない!

町山さんもおっしゃってましたが、この映画はなかなか普通の映画なんです。笑

ストーリーもごく普通で、派手な展開があるわけでもなく、前衛的なわけでもありません。言うなればかなり地味な映画です。

しかし、そういう映画だからこそ観客が自分の人生を投影したり、登場人物に感情移入したりできるのだと思います。
町山さんはすごく自分の父親との関係に重ね合わせてしまったとのことです。

大きな賞をたくさん受賞した作品より、案外こういう地味だけど丁寧で余白のあるような作品のほうが思い入れがでたりしますよね。

大作ばかりが名作とは限らないのです。

 

『さようなら、コダクローム』ゆったりと人生を見つめ直してみて。

大人だって時にはセンチメンタルな気分に浸りたいものです。

コダクロームというモチーフをはじめ、アメリカの雄大な土地のせいもあってなんだか感傷的な気分になってしまう雰囲気が心地よい作品です。
忙しい日々で余裕を失ってしまっている時、少し立ち止まってリフレッシュしたい時などにぜひ見ていただきたいです。
余命わずかの父とその息子の話ですが、重たくなりすぎずサクッとみることができると思います。
ゆったりと人生を見つめ直すことができる、素敵なロードムービーです。

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画像出典: IMDb “Kodachrome”