『ファントム・スレッド』の感想。愛を勝ち取る「狂気」の手段!女ってすごい。

今回は、「アメリカ流れ者」で町山智浩さんが2018年3月13日に紹介されていた「ファントム・スレッド」の感想です。
「映画を見た」という感じがして、余韻がしっかり残る作品でした。

 

「ファントム・スレッド」のあらすじ

あらすじ

舞台は1950年代のロンドン。オートクチュールの仕立て屋であるレイノルズ・ウッドコックは、英国ファッション界では一目置かれる存在です。ある日彼は若きウェイトレスのアルマと出会い、ミューズとして自宅に住まわせるようになります。しかし、アルマの存在は整然としたレイノルズの日常に変化をもたらしていきます。

主な登場人物

レイノルズ・ウッドコック  – ダニエル・デイ=ルイス
アルマ  – ビッキー・クリープス
シリル  – レスリー・マンビル

レイノルズ役を演じるのはアカデミー主演男優賞を3度も受賞している名優ダニエル・デイ=ルイス。なんと役作りのため約1年間ニューヨークの裁縫師のもとで、実際に衣装デザインを学んでいたそうです!そして、彼は今作をもって俳優業から引退することを表明しました。

アルマ役を演じるのは新人女優さんのビッキー・クリープス。近年だと「マルクス・エンゲルス」なんかにも出演されています。

完璧主義のポール・トーマス・アンダーソン監督!

「ファントム・スレッド」はポール・トーマス・アンダーソンの監督作品です。
PTAの略称で呼ばれ、映画界における天才の一人です。

町山さんの解説によると、監督は相当な完璧主義者とのこと。今作では監督自らカメラマンとして、35ミリと70ミリのフィルムでの撮影をおこなっています。

さらに、衣装デザイナーはこの映画のために50着のドレスを制作したそうです!

以降ネタバレ含みます!未鑑賞の方ご注意ください!

「ファントム・スレッド」は恋愛映画というよりホラー映画?男女の駆け引きが及ぼす狂気

レイノルズは田舎のレストランでウェイトレスをしていたアルマを一目で気に入り、複雑な注文を一度で覚えた彼女をディナーに誘います。

お互いの母の話になり、レイノルズは母親の遺髪をコートに織り込んで、ドレス作りを教えてくれた母親を常に身につけているのだといいます。
そしてディナーの後にいきなり自宅に連れ帰り、肌着一枚にされてしまいます。なんだなんだ?と思ったら姉のシリルも出てきて採寸が始まります。

アルマはミューズとして迎え入れられるわけですが、ここからは人間というより生きたマネキンとして扱われていきます。
まだ夜も明けないうちに起こされて試着させられる日々が続き、さらにレイノルズはすごく神経質で自分のルールを乱す行為を嫌うので、アルマが朝食を食べるときにパンにバターを塗る音が気になると言って叱りつけたりします。

あー面倒な男に捕まっちゃったんですね、アルマちゃん…
でもアルマはレイノルズのドレス作りにする姿勢を見てどんどん好きになってしまいます。

ここまでは厄介な男に捕まっちゃったちょっと抜けてる田舎の女の子でしたが、その立場が逆転するのがこの映画最大の見どころなのです。

マネキン・アルマの逆襲、狂気の愛のはじまり

アルマがレイノルズのために開いたサプライズパーティーで、ついにアルマは本音をもらします。

そもそもレイノルズはサプライズが嫌いだと知っていて、さらにメニューには彼の嫌いなバターソースのアスパラガスを用意するなんて、アルマはやっぱり天然な子なのか?と思いきや、これはレイノルズに対する奇襲作戦でした。

料理を巡った論争の末にアルマは、こんなに愛しているのにあなたとの距離は一向に縮まらない、いっそ追い出してくれ、と吐き捨てます。

生きたマネキンと同様の扱いに痺れをきらしたアルマは、さらにものすごい行動にでます。

翌朝、毒キノコをすり潰してレイノルズの飲み物に混入させます。

レイノルズが倒れこんでしまい、その間アルマは優しく看病します。

姉シリルは、レイノルズが倒れた原因に勘づいて医者を呼びますがアルマは頑なに診察させません。

ここでレイノルズは、母親の代わりに寂しさを埋めてくれる存在はアルマなのだと悟るのです。そこで2人は結婚します。

一見優雅でロマンチックなラブストーリーに見えますが、実は恐ろしい映画なんです…。

【ネタバレ注意!】地獄のようなハッピーエンド?

結婚生活も手放しでうまくいく訳ではなく、アルマもレイノルズも自分勝手な行動は健在です。
しかしこの頃には、もう二人の愛情が危うくなった時に何をすればいいのか、アルマはわかっているのです。

このままではまずいと思ったアルマは再び調理を始めます。
フライパンに乗っているのはただのオムレツではなさそうです。
レイノルズもそれに気が付いているようなそぶりをしています。

毒キノコ入りのオムレツだと知って、レイノルズはそれを頬張ります。

アルマに見せつけるように、ガツガツと咀嚼しているこのシーン、本当にすごい演技力です…。穏やかな表情のアルマとすでに恐怖に打ち勝っているようなレイノルズ、自己中心的な二人がこの時だけは通じ合っているかのような希望すら感じることができます。

当然倒れてしまうレイノルズ。そして倒れ込んだレイノルズの頭を膝枕の姿勢でなでるアルマ。穏やかな音楽。
未だかつで見たことのない地獄のようなハッピーエンドです。

でもこの瞬間劇場で涙ぐんでいたのは私だけではないはず!笑

アルマが自分のやり方で愛したいという一心で、レイノルズの愛を勝ち取った瞬間なのです。

歪んでたっていいじゃない、人間だもの

レイノルズの生活は、毎日同じことのルーティーンで「生」を感じることのないものでした。それは彼が母親の存在に取り憑かれていたからなのでしょう。

アルマは彼をその呪縛から解き放つために徹底的にノイズを演じるわけですが、それが行き過ぎて殺人未遂なことまでしてしまっています。しかし、最後にはレイノルズもそれを受け入れています。

同じ家に住んでも男女の仲になっても結婚しても、お互いの独占欲を抑えきれずマウントの取り合いのようになってしまっていた2人が行き着いた、最後の手段なのです。歪んでいるとしか思えませんが、2人にしかわからない境地に達した究極の愛の形と言えるのかもしれません。

「美」と「死」に取り憑かれた男に、あえて「死」を感じさせることで「生」に引き戻すという、狂っているけれど奥深い、愛おしいラブストーリーです。

「ファントム・スレッド」は登場人物の気持ちを勝手に憶測するのが楽しい映画!

ポール・トーマス・アンダーソン監督の作品は複雑な心理描写が特徴で、やや理解しづらい部分も多いかと思います。

私は以前同監督の「ザ・マスター」をみて感動した覚えがありますが、多分半分も意味を理解できていなかったと思います。笑
だからこそ、鑑賞者に委ねるような描写は見ていてワクワクします。

思えば最初のシーンからアルマに「母」を感じさせるような演出がされていたりと、一つ一つのシーンが非常に丁寧に作られています。

そしてちょっと笑えるようなシーンも入っていたりして、決して難しい映画ではないので気軽に見ていただけると思います。

一筋縄ではいかない内容ではありますが、解釈は人それぞれですので、ぜひ鑑賞して色々想像していただきたいだす!

 

「愛」について悩める全ての人に見てほしい。

初めて2人が出会い、ミューズとして迎え入れらた時、アルマはシンデレラ状態で舞い上がりますが、実際には思っていたのと違う生活がはじまってしまいます。

恋愛とはそんなに簡単にいくものではないんですよね。
愛の形を熟考し、試行錯誤を繰り返した結果、2人はやっと結ばれるのです。

そして常識という観念から、恋愛は語れないものです。

主役二人がどちらも幼稚で自分主導な考え方を持っていますが、それでも分かり合える方法を探っていくさまが美しいです。

自分を愛しすぎてしまう現代人にぜひ見ていただきたい、何層にも重なった複雑な人の心理が垣間見える傑作です。

画像出典:IMDb “Phantom Thread”