今回は、「アメリカ流れ者」で町山智浩さんが2017年2月14日に紹介されていた『ありがとう、トニ・エルドマン』の感想です。個人的にかなり思い入れの深い作品です。一言で言えば、「オヤジギャグが娘を救う」という内容です。早速どんな作品なのかご紹介させていただきます!
目次
『ありがとう、トニ・エルドマン』あらすじ・出演者情報
あらすじ
ピアノ講師として働くヴィンフリートはいたずらが大好きでいつも悪ふざけばかりしています。キャリアウーマンの娘・イネスはそんな父に愛想をつかしていました。ある日愛犬の死をきっかけにヴィンフリートはイネスの働くブカレストへと向かいます。その後帰ったと思っていたヴィンフリートが「自分はトニ・エルドマンだ」と別人のふりをしてイネスの前に現れます。その後もイネスの行く先行く先神出鬼没に現れるトニ・エルドマン。追い払おうとするイネスでしたが、衝突しているうちにだんだんと心境の変化が訪れます。
登場人物
- ヴィンフリート / トニ・エルドマン – ペーター・ジモニシェック
- イネス – ザンドラ・ヒュラー
『ありがとう、トニ・エルドマン』町山さん解説。「オヤジギャグ」という言葉は万国共通!
映画が始まって早々に、家に来た配達員に対して変装して双子のふりをするというよくわからないいたずらをするヴィンフリート。
彼が連発するちょっと寒いジョークは日本でいうオヤジギャグのような感じです。そして「オヤジギャグ」という言葉は他国でも存在しているようです。英語だと「Daddy’s Joke」という単語があり、この概念はおそらく世界中にあるのではないでしょうか。
娘に鬱陶しがられるお父さんが、鬱陶しがられているのをわかっていてもジョークをいうのをやめられないという光景は、万国共通なのですね!
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以降ネタバレ含みます!お気をつけください。
『ありがとう、トニ・エルドマン』イネス暴走シーン1:ホイットニー・ヒューストンが切り開いた親子の和解
職場や会社のパーティーなど、どこにでも現れるトニ・エルドマンにイネスは振り回されてしまいます。変なカツラにもっと変な差し歯をつけ、ブーブークッションなんかを持ち歩きながら事あるごとにいたずらを仕掛けてくるトニ・エルドマン。どんなジョークにもイネスは一切笑いません。
険悪になりながらも、イネスはだんだんと自分の感情が動いていることに気が付いているようでした。
そしてトニ・エルドマンはドイツ大使のふりをしてある家を訪ね、イネスも巻き込まれてついていくことに。場の流れで一曲演奏することになります。曲はホイットニー・ヒューストンの「GREATEST LOVE OF ALL」。ピアノ伴奏を始める父を最初は険しい顔で睨んでいましたが、覚悟を決めたように歌い出すイネス。サビにさしかかろうとするところで高らかに歌いあげ、まるで今まで蓋をしていた感情があふれ出すように感動的な歌声を披露しました。
このシーンかなり後半ですが、それまでイネスはほとんど感情を表に出しません。全然笑わないし、会社の人たちともうわべだけの付き合いという感じです。彼氏とのセックスなんか映画史上かつてないほど殺伐としていて見ていられませんでした…。そんなイネスが初めて父の悪ふざけに参加した瞬間なのです。
このシーンを劇場で見ていたとき、そろそろイネスがブチ切れて怒ってしまうんじゃないかと思っていたのでまんまと意表を突かれました。いままで父の悪ふざけに言及することすらほとんどなかったイネスが、まさかちゃんと歌うとは思っていなかったので、このシーンで完全に感情のタガが外れてしまいました…。
そしてドイツ大使のふりをしてこの家を訪ねましたが、家主はドイツ大使とは知り合いだったのです。微笑む彼女は全てわかっていたのですね。
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『ありがとう、トニ・エルドマン』イネス暴走シーン2:しがらみを脱ぎ捨てた「裸のパーティー」
その後のイネスの誕生日パーティーのシーンも衝撃的でした。
イネスの自宅で誕生日パーティーを開くことになり、来客前にドレスに着替えようとしますが、そのドレスがきつくてなかなか着れません。なんとかして体を滑り込ませようと奮闘するわけですが、やがてもういいわ!というように諦め、なんと素っ裸のまま友人や会社の同僚を招き入れてしまします。笑
とんでもないシーンです。
客人たちは何が起こったのか理解できず、笑うこともできず、ただただ気まずい空気が流れすぐ帰って行きます。
しかし窮屈なドレスを脱ぎ捨てたイネスはスッキリした様子で、まるで今までずっと自分をしばりつけていた会社や世間から解放されたかのように見えました。
父と数日過ごしたせいで、イネスも誰かに笑えないジョークを仕掛けたくなったのかもしれません。
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『ありがとう、トニ・エルドマン』キャリアアップとともに麻痺していくイネスの心
粛々と仕事をこなすイネスはきっとお金もたくさん稼いでいたでしょうし、一応彼氏もいるし、会社でも能力を評価され一見充実した日々を送っているように見えます。
しかし石油会社で働く彼女は仕事上自国のドイツがルーマニアを搾取しているということを理解しているにも関わらず、そんなことには目もくれず知らんぷりです。
他国の人々のことだけでなく、自分の父のことも、彼氏のことも、周りの人間のことにあまり興味がない様子です。
仕事が大変で、それ以外のことに目を向ける余裕がなく、無駄なものに時間を費やすことがなくなっています。
反対に、父ヴィンフリートはお金はあまり持っていなさそうだし、離婚され愛犬も亡くなってしまい、一見世捨て人のように見えますが、そんな彼だからこそ娘を変えることができたのではないでしょうか。
彼の持ち前のつまらないオヤジギャグは人生においては無駄としか言いようがありませんが、無駄を楽しむことって案外大切なのではないでしょうか。
合理的な生き方を追求するあまり、人間らしい感覚が失われていくというのは本当に幸せな生き方なのでしょうか。資本主義社会で生きる私たちの永遠のテーマかもしれません。
『ありがとう、トニ・エルドマン』自分を愛することは世界を愛すること
そんな風に周りを気遣う余裕のないイネスですが、仕事に追われ、時にはパーティーで薬物に手を出したり、自分の人生のことも大切にできていません。
感情を殺して仕事に専念してきたせいで感覚が麻痺しているので、自分が苦しんでいることにすら気づかない彼女は死んだように日々を過ごしていました。
そんな中、彼女が歌ったホイットニー・ヒューストンの「GREATEST LOVE OF ALL」は、自分への愛と誇りを大切にしなさいという意味の曲なんだそうです。
まずは自分を愛さないと、世界を愛することはできないのですね。
父のくだらない茶番劇に参加することを選んだ彼女は、自分を愛する余裕を取り戻す第一歩を踏み出したのかもしれません。
『ありがとう、トニ・エルドマン』は忙しくて自分を見失っている人にぜひ!
一見変な映画ですが最後まで見てみるとなんともハートフルな映画です。
そしてそのハートフルさは淡々とした長い時間を経て突如として雪崩のように現れます。
この作品はBGMもあまりなく、一つ一つのシーンが長めでじっくり撮影されていてリアルなタイム感があり、それによってあらゆる気まずいシーンの生々しさも増大されています。オヤジギャグが滑って誰も笑っていなくて気まずい、イネスと彼氏のセックスも直視できないくらい気まずい、実はあらゆる気まずさが詰め込まれた映画です。ただその気まずさが、不思議とだんだん笑いに変わってきます。スベリ笑いならぬ気まずい笑い。
少し長いですし、手軽にスッと感動できるような作品ではありませんが、その気まずさの先に待っているものには十分期待して大丈夫な作品です。
そして、メインビジュアルの毛むくじゃらのものが何者なのか?ぜひ確かめてみてください!
日々に追われて我を忘れてしまっている人も、トニ・エルドマンのオヤジギャグでくだらないと笑える余裕を取り戻してみてはいかがですか。
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画像出典: IMDb “Toni Erdmann”
浜村満果
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